中島公園を知ってもらう為のボランティア活動として、私に出来ることがあれば手伝いたい。個人で何が出来るか参考の為に作ったページ。
2019年秋より道新「札幌10区」に中島公園便り連載
管理人は「さっぽろ10区(トーク)」に「中島公園便り」を年8回の予定で執筆。トークは毎週火・金、道新購読者に配達される。初回掲載は9月3日(火)。中島公園取材を18年続けた経験をもとに記事を書きたい。
2017年の主な活動
9月1日 鴨々川ノスタルジアで「Bocket4号」発刊
すすきの生まれで中島育ちの子鴨について昔話を執筆。
記事紹介のページ →すすきの生まれの子鴨たち(Bocket4号掲載)
巣立ったばかりの親子が巣の周りを泳ぐ。2004.7.18
8月19日・20日こくま座前で「中島公園百物語」
国際芸術祭2017公式プログラムに登場する中島公園の歴史を語る妖怪たち。伐採された巨大ポプラの写真を提供。詳細→中島公園百物語
7月28日HTBテレビ花火見物スポットについて取材協力
花火当日、朝の番組「ざわつくニュース」に当サイトの花火に関する画像情報「見どころマップ」をテレビに写すと言う形で資料提供。
7月27日 花火について北海道新聞の取材に協力
中島公園から見る豊平川花火について説明、写真提供。
7月14日 NHKテレビ「I LoveJIMOTO」に取材協力
情報提供、中島公園の歴史等について話した。
7月7日 花火大会特別企画~HANABI in the Park~
北海道新聞でシャンパンを味わいながら中島公園から豊平川花火を楽しむイベントを企画。写真及び情報提供→特別企画HANABI in the Park
年5月19日 AIR-G(FM北海道)で中島公園への想いを語る
Rep.ly.ze(リプライズ)。NEWS+スポーツ+北海道がキーワードの番組.
中島公園が藻岩山を借景とした池泉回遊式の庭園として設計されたと話した。
公園の特徴、魅力、今の出来事等紹介。詳細→AIR-Gで中島公園を語る
2月9日 第11回ゆきあかりin中島公園に協賛参加
実行員に名を連ねてはいるが後期高齢者になってから酷寒の夜の作業が難しくなっている。今年は協賛参加に切り替えた→ゆきあかりに協賛
2016年の主な活動
9月25日 鴨々川ノスタルジア公式ムックに寄稿
鴨々川ノスタルジア公式ムック『Bocket3号』に中島公園で初めて見た11羽の子の成長記録について寄稿。タイトルは「オシドリ日記」。
記事の補足説明→鴨々川を語る『Bocket』誌3号に寄稿
2月24日(HTB)「アリョーナの写ガール」
通行人としてアリョーナさんの質問に答えた。詳しいですねと言われて「中島パフェ」のことを話すとスマホで見てくれた。後でテレビで観て驚き感謝! →北海道テレビ(HTB)アリョーナの写ガール中島公園編
2015年の主な活動
10月18日 桜蔭会北海道支部の皆様をご案内
桜蔭会北海道支部が中島公園で「自然・歴史・文化を散策する会」を開き、案内させて頂いた。詳細→桜蔭会北海道支部の皆様をご案内
10月1日たびらい北海道で中島公園特集
旅行の総合サイト「たびらい」よりメールによるインタビューを受けた。その話を元に「中島公園 文化と緑あふれる札幌のオアシス」のページが作られた。約2年間掲載されていたが2017年8月に更新された。
9月28日 鴨々川界隈の雑誌「ぼけっと」2号に執筆
「Bocketは、鴨々川から札幌を眺め、札幌から日本を眺めるための、日本一『狭く深い』雑誌です。足元から歴史を発掘し、札幌でしかつくれない文化の風を起こす。そんな一冊でありたいと思います。
(Bocket編集長敬白 山田航から)」
最近注目を浴びている「木下成太郎像」は1941年当時東洋のロダンと言われていた朝倉文夫の作品である。戦時中の金属供出を免れ、奇跡的に残った「木下成太郎像」。豊平館、八窓庵に次ぐ、第三の文化遺産へ。
8月4日 彫刻「猫とハーモニカ」の補修作業
札幌彫刻美術館友の会では5年前に第1回目の「猫とハーモニカ」補修作業を行い、その後継続。詳細 → 「猫とハーモニカ」の補修
7月11日 スイーツの「中島パフェ」よみがえる
テラスレストラン・キタラの「 懐かしスイーツ」のチラシ。
Webサイト「中島パフェ」から誕生したパフェ。キタラのオリジナルパフェ。4年ぶりに本格復活。詳細 → 「中島パフェ」ついに再登場!
7月3日 オシドリ親子池スイスイ、道新取材に協力
巣立ったばかりのオシドリ親子の長期滞在は初めてと思う。
オシドリ親子(子11羽)が現れた。極めて珍しいことなので北海道新聞にメールで知らせた 詳細→ オシドリ親子のランデブー
6月10日 「山鼻、あしたもいい天気!」にゲスト出演
久しぶりにラジオカロス・サッポロのスタジオに行った。
地元、山鼻の番組「山鼻、あしたもいい天気!」で、中島公園関係の話をした。オシドリ11羽が母に連れられて現れた話題を中心に「札幌まつり」や札幌コンサートホール・キタラの大改修について話した。
4月1日 『広報さっぽろ』中島公園特集インタビュー
『広報さっぽろ』の中央区版で中島公園特集。「中島パフェ」管理人としてインタビューに応じた。内容は下の画像クリックで拡大表示。
4月 JP01札幌あそび誕生の地中島公園、再興
札幌のあそび場のルーツは中島公園に、もう一度にぎわいを。
特集「笑顔、結び合う街 札幌」の取材に情報・写真提供で協力。JP01(ジェイピーゼロワン)とは札幌 地域新聞ふりっぱーの総合商研が発行する、北海道を応援するフリーマガジン。季刊5万部発行。
4月4日 北海道ファンマガジンのMさんをご案内
中島公園内を散歩でもするように案内した。この天文台は1958年開催の「北海道大博覧会」で雪印乳業館として建てられた。
2月 札幌市中央区のフリーマガジン『まちのモト』
ラジオカロスの番組「山鼻、あしたもいい天気!」が取材を受けた。
この番組には4年くらい関わったことがある。「ラジオなかぱ」と言う番組名で中島公園の話をしていた。辞めた後は番組ディレクターが「続ラジオなかぱ」として引き継いでくれた。
1月 航空管制協会誌に中島公園の写真提供
3枚の画像には次のような説明書きが付いていた。「昨年11月15日、秋と冬の間の中島公園」「札幌コンサートホール・キタラ前広場、札幌も傘をさす人が多くなった」「中島公園で歩くスキー@2015年1月4日」。
2014年の主な活動
10月 年刊誌『Bocket』に中島公園の歴史について執筆
「鴨々川ノスタルジア」の詳細は『ぼけっと』の特集記事に全てが掲載。英文字で『Bocket』、すすきの・鴨々川界隈をぼけっと愉しむための年刊誌。
6月21日 桜蔭会が公文書館見学と中島公園散策
桜蔭会(お茶の水女子大学同窓会)北海道支部の12名の方々が札幌市公文書館を見学した後で中島公園散策。詳細→桜蔭会が中島公園散策
6月18日 「ペラペラ勉強会」中島公園研修に協力
「ペラペラ勉強会」は英語を使ってガイドすることを学び、年2回は外に出て実地研修実施。詳細→「ペラペラ勉強会」中島公園研修に協力
5月25日 丘珠空港ビルで中島公園歴史講座
産直市、ロピーコンサートに続いて地域歴史講座で中島公園について話した。
詳細 → 丘珠空港ビルで中島公園歴史講座
2月27日 山鼻小学校で中島公園の出前授業
小学4年生70名を前にして中島公園の話をした。この出前授業は「4学年の総合的な学習の時間において『中島公園について知ろう!』という趣旨で行われた。少しでも役に立てば幸いだ。詳細→中島公園の出前授業
2013年の主な活動
12月25日 問題点について専門家の話を聴く
中島公園について専門家の意見を聴く。貴重な経験と考えるのでここに掲載。活動の指針になると思う。 詳細→専門家の話を聴く
8月15日 中島パフェ開設10周年は札幌人図鑑で
2003年3月に「中島パフェ」を開設して10年たった。幸運にもインタビューを受ける機会に恵まれた。中島公園、札幌観光について話した。
動画 → 札幌人図鑑第441回中島公園パーフェクトガイド
札幌人図鑑補足説明(ボランティア団体等) → 札幌人図鑑補足説明
口下手ですが、福津京子さんの話術に引き込まれ楽しく談笑。
「中島パフェ」活動の歩み概略 2003~2012年
日本人男性の平均寿命を80歳とすると残り僅かの人生だ。それでは足りないので20年付け足すことにした。ベートーベンの第九は「合唱付」と聞いている。ならば私の人生は「オマケ付」にしたい。
せっかくのオマケ、遊んでいてはもったいない。 人生の第4楽章はアンダンテかな?「歩くような速さで」行こうじゃないか。 とか考えながら「中島パフェ」の更新に精を出している。 そして10年たった。
2003年~2009年の歩み 恥かきながら一生懸命PR
読売新聞 |
札幌テレビ |
北海道新聞 |
UHBテレビ |
2003年3月、「中島パフェ」を開設してみたものの殆どアクセスがなかった。この状態は2004年11月、Yahoo!Japanのカテゴリに掲載されるまで続いた。その後、札幌テレビ(STV)に台風の写真を掲載したり、読売新聞のインタビューなどを受ける機会に恵まれ、アクセスも徐々に増えてきた。
頼まれれば「待ってました!」とばかりに何でもやった。出来るとか出来ないとか考えたこともない。中島公園に関することなら何でも引き受けた。まるで「中島公園教」の信者みたいだ。振り返れば恥多き人生を歩んで来たものだ。
なんともせわしない6年間だった。→「中島パフェ」の活動記録
2009年1月-2010年12月 道新コラム朝の食卓執筆
北海道新聞にコラムを書く機会がくるとは夢にも思わなかった。一生に一度なので恐れながら全文を掲載。→「朝の食卓」執筆の思い出
2010年~2012年の歩み 地に足をつける
中島の資産活用 |
ゆきあかり中島 |
ぶらり写真旅 |
彫刻劣化防止 |
もっと地に足がついた活動をしたいと思い、PR中心の活動に終止符を打つことにした。目標は役に立つサイトだが未だ手ごたえを感じない。とりあえず、公園内のイベントや彫刻・鴨々川清掃等の手伝いをした。
見え難いのだが中島公園内に多くの歴史的資産がある。そして中島公園自体が歴史ある公園と言われている。そこで「中島パフェ」のこれからのテーマは歴史と決めた。
さっそく明治時代の歴史から調べてみた。競馬場、岡田花園と調べを進める内に歴史をテーマにすることがいかに難しいことかに気が付いた。
情報を収集し真偽を確認、証言を集めて整理する作業は素人の私には無理と思った。こんな風に決めたことを直ぐに変えたりするのは好くないと思う。しかし、残り少ない人生だから時間は有効に使いたい。自分に何が出来るかよく考えてみた。
2013年より 活動のテーマは「21世紀の中島公園」
考えは色々変わったが、中島公園を良好な状態に維持して次世代に継承する。これを目的としてHP「中島パフェ」の更新を続けることだけは変わらない。
幸い私には三つの優位性がある。それは時間・場所・時代である。自由に使える時間を沢山もっているし、取材対象である中島公園に隣接して住んでいる。そして、2001年すなわち21世紀初頭に中島公園の近所に転居して現在に至っている。
こんな理由でテーマは「21世紀の中島公園」決めた。しかしながら中島公園は歴史ある公園、20世紀あっての21世紀、連続性という部分では昔からの歴史は欠かせない。札幌市公文書館も発足したことだし出来るかぎり調べてみたいと考えている。
中島公園における札幌彫刻美術館友の会の活動
札幌彫刻美術館友の会(友の会)は、中島公園でも野外彫刻の調査・清掃、劣化防止作業、イベント等、継続的に活動している。
詳細 → 中島公園における札幌彫刻美術館友の会の活動